【物語-4】新卒就職活動 -大阪編

就職活動

TFキリンさん

建築学科在学中は勉強にあまり力を入れておらず、出席も少なかったので、当然のように学年の成績も最下位クラスでした。

かろうじて留年せずに済んだのは救いでした。

【司会】パンダさん

いつ頃から就職活動を始めたのですか?

建築業界、旅行業界から学生就活をスタート

TFキリンさん

大学3回生の終わりに、周りが就職活動を始めました。

ちょうど同級生と欧州旅行をした直後だったので、就職活動が余計につらく感じてしまいました。「海外旅行が楽しかったから、旅行会社を受けてみよう!」という軽い気持ちで、JTBやHISの面接を受けたりもしていました。

【司会】パンダさん

さすが行動力がありますね。好奇心のままに動けるのはすごいです(笑)。
旅行会社は文系出身者が多いので、理系の学生だと珍しいですよね?

TFキリンさん

「なぜ理系なのに弊社を志望したの?」と面接官に聞かれることが多かったのが印象に残っています。

私は素直に「理系だと応募してはいけないのでしょうか?」と逆質問してしまうこともありました。固定観念に縛られた面接のやり取りに戸惑いがありましたね。

「応募すること自体が非常識なのだろうか?」と疑問を持ちながら、就職活動を続けていました。「イノベーションを起こすなら、既存の常識くらい壊さないと!」

格安航空券などでHIS社がイノベーションを起こし、澤田元社長が旅行業界の風雲児として時代を変えていく空気があった頃だったので、規制の枠にとらわれない生き方がかっこいいと感じ、影響を受けていたんだと思います(笑)。

建設業界、建築業界

【司会】パンダさん

建設業界の閉鎖的なところが向いていないと思った理由は何ですか?
建築学科の学生なら、ゼネコンや住宅メーカー、設計事務所への就職が一般的だったのではないですか?

TFキリンさん

海外旅行から帰国して「世界の建築はすごい」という刺激は受けたのですが、旅行中にもっと熱心に建築を学んでいる同級生に出会い、「自分はそこまで西洋建築に興味があるわけではないし、歴史に残る建造物を自分の手で造りたいとも思えていないな」と気づき始めていたんですよね。

当時は「建設氷河期」と言われるほど景気が悪く、求人も少ない時代でした。
設計事務所などは初任給が13万円前後と聞いていましたし、賃金の低さに加えて、建設業界全体に「3K労働(きつい、汚い、危険)」といった、縦社会や体育会系の空気があるイメージもありました。

TFキリンさん

当時は大学推薦で内定をもらう同級生も何人かいましたが、それ以外の一般応募で内定を得るのは至難の業でしたね。

【司会】パンダさん

推薦はもらえなかったのですか?

TFキリンさん

私は学年でも下位の順位だったので……(笑)。
建設氷河期の当時、大手の建設会社や住宅メーカーから内定をもらえるのは学年の1割程度という狭き門で、ほとんどの学生は大学推薦をもらえず苦労していました。成績上位の女子学生でも、女性というだけで内定が出ない、そんな男女差別が残る時代でもありました。

住宅業界での面接

【司会】パンダさん

建築業界には応募すらしなかったのですか?

TFキリンさん

いいえ、住宅メーカーを中心に応募していましたよ。
ゼネコンよりもお客様の反応や暮らし方が見えやすいことが志望理由でした。

「私が中学生の頃、両親が御社で住宅を建てる決断をした際、担当の営業の方が夜中でも休日でも熱心に自宅まで説明に来てくれた、その熱意が素敵だったからです」というエピソードを面接で話したところ、最終面接まで進むことができました(笑)。

【司会】パンダさん

最終面接では内定をもらえなかったということですね?

TFキリンさん

住宅メーカーの最大手企業で、4次面接(最終面接)まで進んだのですが……

最終面接で墓穴を掘ってしまったというか……。余計な一言を言ってしまい、不採用になってしまいました(苦笑)。

【司会】パンダさん

どんな墓穴を掘ったんですか?気になります(笑)。

TFキリンさん

面接を重ねるほど、企業についてさらに詳しく調べるようになりますよね。住宅展示場に話を聞きに行ったり、実際にその会社に勤めている知人に電話で聞いたりする中で、ブラックな企業体質が見え隠れしてきたんです。

社員を辞めさせるために転勤させる、という話も耳にして……。私自身、転校の多い人生を送ってきたので、そうした理由での転勤には抵抗を感じてしまいました。

【司会】パンダさん

昔は今のようにインターン制度も充実していなかったので、大企業の実態がイメージしにくかったんでしょうね。パワハラやセクハラという概念が広く認知される前の時代でもありますし。

TFキリンさん

それに、幼少期からプラモデルやイラストなど、ものづくりに興味があったので、設計図や模型を作れるクリエイティブな仕事だと思っていたのですが、実際にお客様と接するのは「営業」職で、設計職はすでに決まった仕様をもとに積算をするだけだと聞かされたんですよね。

【司会】パンダさん

大企業だと分業化が進んでいるので、組織の歯車の一部になる感覚はあるかもしれませんね。

TFキリンさん

競合他社には、営業と設計を兼ねる「営業設計」という職種があったので、「私もお客様と接しながら設計業務がしたいです」と伝えたところ、「弊社にはそのような職種はありません」と言われ、不採用になってしまいました(笑)。

IT業界の面接から内定へ

【司会】パンダさん

内定をもらった企業とは、どのような経緯だったのですか?

TFキリンさん

実は大学4回生の夏休みまで、半年間就職活動を続けていたのですが、100社近く応募しても落選が続いていました。当時、大学で3D-CADに触れたのが楽しく感じられたので、夏頃からIT企業の面接を受けるようになりました。「プログラミングは入社後の研修で教えます」という企業も多かったんです。

私自身はパソコンの経験がほとんどない状態で面接を受けていました。

【司会】パンダさん

IT企業から内定はもらえたのでしょうか?

TFキリンさん

最終面接まで、プログラマー志望として面接を受けていたのですが、内定後の面接で「君には、我が社で初めての建築学科卒の社員になってほしい」と言われました。

つまりプログラマーとしてではなく、通信基地局エンジニア部署での工事管理担当として配属されることになったんです。

【司会】パンダさん

やりたい職種とそうでない職種、どちらを選ぶかは難しい判断ですね。
新卒でしっかり研修を受けられれば、IT業界でも数年で戦力になれますからね。

TFキリンさん

「大企業から内定を1社しかもらえていない。内定先は有名企業だけど、仕事内容には興味が持てない。さて、どうしよう?」「アルバイトはいつも即決してきたけれど、今回は正社員だから決断の重みが違う」と悩み続けました。

内定後に職場見学をさせてもらったのですが、60歳近い上司の方々の説明を聞いても、今ひとつ興味が持てませんでした。

【司会】パンダさん

職場見学に行かれたのは立派ですね。実際に見てみることで分かることもありますし、ご縁もありますからね。

TFキリンさん

親に相談したところ、「他に内定があるわけでもないし、半年就活して決まっていないんでしょう?まずはやってみて、それから考えたら」と言われました。長期化していた就職活動から早く解放されたいという思いもあり、最終的には自分の意志で「この内定先に行こう」と決めました。

次回

【司会】パンダさん

では、次回は新卒1社目のお話を伺うことにしますね。

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